回転ブラックホール時空における潮汐効果

丹羽 英智

我々の宇宙には様々な天体がある。太陽に代表される恒星や月、惑星、銀河、 もちろん地球もそれに含まれる。月は地球の周りを公転し、地球は太陽の周りを 公転している。 太陽は銀河系の中心から8.6kpcのところに位置し、約2億年かけて公転している。 このように重力は宇宙の微視的範囲から巨視的範囲まで、影響を与えている。 この重力はニュートンの万有引力として知られ、この重力の変形作用として 身近なもので例を挙げると、地球において潮の満ち引きが観測される。これは、 月と太陽の重力によって海水が引っ張られて起こる現象で、この現象を``地球潮汐'' と呼んでいる。 潮汐力は地球潮汐だけでなく、星と星との相互作用や、銀河どおしの相互作用など 天体重力現象において不可欠な概念である。一般に、恒星や惑星は自己重力で 球形を形作ろうとし、銀河は自己重力と回転で円盤状の形状を作る。しかしながら、 これらの天体は、他の天体の重力により運動するだけでなく変形作用も受けている のである。潮汐力の大きさは後で述べるように、天体の質量に比例しているため、 中性子星やブラックホールのような大きな質量を持っている天体の近くでは、その 大きさは極めて大きいものであろうと推測される。 さて、ある物体に働く重力の大きさがその物体内の各点で異なる場合、その力の差 によって物体を歪めたり、引きさいたりする作用が働く。この力の差のことを ''潮汐力''と呼んでいる。この論文では、弱い重力場とブラックホールの強い重力場 での潮汐効果について述べ、ブラックホールの特徴についても述べることにする。

ブラックホールは、シュバルツシルトがアインシュタインの重力場の方程式の厳密解 を得たことによって定式化された。ただし、ブラックホールの概念を歴史的 にたどれば、18〜19世紀のラプラスまでさかのぼる。質量 M の天体から 質量 m の弾丸を上にむけて発射して、宇宙空間に飛びさるのに必要な初速度すなわち 脱出速度 v_{esc}は、天体の半径を R とすると、

v_{esc}=sqrt{2GM/R} (1.1)

である。この速度は天体の質量が大きい、かつ半径が小さい天体 だとすると、その値は大きくなる。ラプラスは、いかなる速度も光速 c を越えないと仮定して、(1.1)式において v_{esc}=c とおき、 R について解いて、

R=r_{g}={2GM /c^2} (1.2)

を得た。つまり質量の割に半径が極めて小さい天体があり、その半径が(1-2)式の r_{g}より小さい場合には天体表面から打ち上げられたいかなる物体もいずれは 落下してしまい、決して天体から離れることができない。 このラプラスの考えた半径は、偶然にも一般相対性理論の予言するシュバル ツシルト半径と一致している。 このようにブラックホールの概念は最近できたものではなく、意外と古いものである。 現在においても、ブラックホールは直接観測されていないが、X線観測技術の発達で ブラックホールであろうと思われる天体が見つかっており、星が超新星爆発した その残りの姿であるコンパクトな星や、活動銀河の中心核の研究、観測が続けられて いる。

さて、ブラックホールには帯電しているものや、回転しているものなどいくつかの 解が見つかっているが、この研究では2章でニュートン力学における潮汐力、 3章でブラックホールの観測的特徴を述べ、4章でシュバルツシルト・ブラックホール (回転、電荷のない最も簡単なもの)と、5章でカー・ブラックホール (シュバルツシルトブラックホールが回転しているもの)について紹介し、その 強重力場における潮汐力の効果について議論する。回転しているブラックホールを 扱う理由としては地球を含め、ほとんど全ての天体は自転しており、非常に重たい 恒星の最後の姿と言われているブラックホールも、自転していると考えられるから である。これらを議論するのにあたって、 アインシュタインの一般相対性理論を用いるわけだが、ニュートン力学ではブラック ホールのような強い重力場を扱うことができないからである。

一般相対性理論によって潮汐効果を調べた結果、特に回転をもった カー・ブラックホールでは、空間さえも回転しながら落下しており、これを ``引きずり''とよぶ。そして、ブラックホールの周りにある物体も この効果を受ける事がわかり、潮汐効果もこの影響を受けることがわかった。




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Updated: October 9, 1997